神鳥の卵 第3話


眼を開くと、薄暗い部屋の見慣れた天井が見えた。
夢から、醒めてしまったのだ。
夢の中でも涙を流してはいたが、どうやら現実でも涙を流していたらしい。
頬を流れ枕を濡らしていることに嫌でも気がついた。

「ルルーシュ・・・」

たとえ夢でも会えたことが嬉しい。
でも、こうしてまた現実に戻り、彼と離れ離れになったことが悲しい。

「馬鹿だな、僕は。僕が・・・殺したのに」

その作戦を考え、遂行するよう命じたのはルルーシュ本人であったとしても、実際に手を下し、彼の命を奪ったのはほかならぬ自分自身。
その作戦を唯一止めることの出来た立場にいながら、他に手はないのかと尋ねることはあっても、止めて欲しいという言葉を口にすることはなかった。
彼の命を奪い、彼の罪を昇華させるのは自分なのだ。ユーフェミアの仇を討つため、そしてルルーシュの行動で死んでいった多くの人達の為にも、自分が罰するのだ。悪魔の力を行使したこの男を。嘗ての親友を手に掛けるのは自分しか居ないのだ。
まるで悲劇のヒーローのように、その立場にある意味陶酔していた。
ルルーシュが皇帝として立ってからは、もうその未来以外思い描けなくなっていた。
だから本当にすべてが終わり、ルルーシュが目の前から消えた時、もう二度と会うことが出来ないということを実感したその時になって、自分の胸のうちにあった本当の願いが溢れ出てきた。

僕は、君と一緒にいきたかった。

日本の解放、戦争のない世界。
そんな世界規模の平和ではなく、僕が欲しかったのは愛するものと共に過ごせる、小さくても幸せな世界だったのだ。
そして今までとは違う立場で世界を見て、初めてゼロという存在の大きさと、ゼロに向ける希望と期待に、自分の犯した罪の重さを知り、押しつぶされそうになった。
ナナリーが居なければ生きられないルルーシュ。
だからナナリーが生きていたことが分かったあの時が、唯一の、最初で最後の分岐点だったのだ。あの時までは賢帝と呼ばれていたのだから、今後の策を大幅に変更し賢帝として世界を統べる道があった。
だけど、それを否定し、ルルーシュに死ねと、約束を違える気かと彼を追い詰めた。
ゼロとなってからは、あの日のことを何度も夢見ては後悔した。
彼の弱さを断ち切るのは、剣である自分の役目だと思い上がって。
ルルーシュを殺す必要など無かったのにと、何度も何度も後悔した。
共に生きて罪を償う道に、どうして気づかなかったのだという後悔しか無かった。
視界が歪むのを感じながら、壁に駆けられているデジタル時計に視線を移す。

AM2:00

横になってから1時間と経っていなかった。
まだ彼と一緒に居れたんじゃないか。
なんでこんなに早く眼を覚ましたんだ。
そんな自分に腹を立て、でも眠気は完全に消え去っていて、仕方ないとスザクは身を起こした。
その時、ようやく気がついた。
自分の右腕に何かがあることに。
なにか大きなものを抱えているという事に。
体にかけていた毛布を捲ると、暗闇に仄かな光が溢れだした。

「・・・え?・・・嘘・・・」

腕に抱いていたもの。
それは、卵だった。
夢の中でルルーシュが抱えていたあの大きな卵。
それが仄かな光を放っていた。
それを右腕に抱えていた。

「・・・これも、夢?」

どうせ夢なら右手だけではなく、左手に繋いでいた人も此処に連れてきてくれればよかったのに。
そう思いながらも、ルルーシュが大事に抱えていた卵だから粗雑には扱えないと、胡座をかいた上に卵を乗せ、毛布をかぶせ抱きしめた。

「ああ、困ったな。ルルーシュ、急に僕がいなくなっただけじゃなく、卵まで無くなって今頃慌ててるんじゃないかな?」

そんな姿があっさりと目に浮かんで、思わずくすりと笑った。

「ねえ、君。孵ったらルルーシュの所まで案内してくれないかな?」

彼の下にいきたいんだ。
この身にかけられた彼の願いがあるから、現実では彼の所へ行くことはまだできそうにない。だからせめて夢の中だけでも。
ほんのりと暖かく、優しい光を放つそれは、まるでルルーシュのようで、なんだか愛おしく思えてきて、腕に抱き微睡んでいた。
そう、彼が持っていた卵なのだから、彼の分身、彼自身の可能性もあるのではないだろうか。そう思えば愛しさは更に増した。

「ほら、早く産まれておいで・・・ね、ルルーシュ」

その言葉に呼応するように、卵の表面にぴしりとヒビが入った。
ガラスが割れるような硬質な音が響き、ヒビ割れはみるみる広がっていく。
・・・産まれるんだ。
キラキラと煌く殻がパキパキと割れ、砕けた殻は光の粒子となり、まるで闇に溶けるかのように消えた。
何が姿を表すのか解らないが、殻から出てくるのを手伝ったほうがいいのだろうか?そう思いながらも身動を取ることが出来ず、早鐘を打つ心臓を抱えながらじっとその様子を眺めていた。
輝く卵の中は光が渦巻いていて眩しくて何も見えなかった。

「もう少しだよ、頑張って」

殻は既に割れた。
後は出てくるだけだ。
その言葉が聞こえたのか、光の渦から何かが・・・いや、人の、赤ん坊の手が伸びてきた。小さなその手は、何かを掴もうとするように腕をふらつかせながら、手のひらを何度か握るような仕草をした。
スザクは引き寄せられるかのようにその小さな手を取った。
その瞬間、辺りをまばゆい光が包みこんだ。
硬質な音が響き渡ると同時に卵の殻が一気にひび割れ砕け散り、キラキラと僅かな残照を残し、闇の中へ溶けて消えた。
あまりの神々しさに呆然とその様子を見つめていると、辺りは再び暗闇に包まれた。
今の光景が幻だったのではと思ってしまったが、この手には小さな手の感触が残り、この足には、僅かに動く生き物の重さを感じた。
暗さに慣れた目だと言っても、はっきりとそれは確認できないため、身体を僅かに反らし、空いている手で枕元に置かれている照明のリモコンを手に取り、部屋の明かりをつけた。人口の明かりが部屋を明るく照らしだす。
そして、胡座をかいた自分の足の中に、すっぽりと収まり座っている小さな存在に驚き、目を丸くした。
白磁の肌、漆黒のつややかな髪、深い紫色のつり目ぎみの大きな瞳。
それはルルーシュの持つ特徴だった。
その特徴を持った赤ん坊が、呆然とした表情でこちらを見上げていた。
彼と、ルルーシュとの大きな違いは2つ。
年齢と、その背にあるほんのり赤みの刺した白い羽だった。
まるで天使の翼。

「・・・ルルーシュ・・・?」

いや、ルルーシュの背に翼など無い。
だけど、ルルーシュだと、何故かそう思った。
これは夢なのだから、ルルーシュでなければいけない。
赤ん坊は顔に驚きの表情を浮かべ、パクパクとなんどか口を開くが、「ぁ~」とか「ぅ~」とかしか声が出ず、その事に困惑したような表情をしていた。
そしてようやく。

「ぁ~、ぅ、しゅぁぅ」

スザク、と呼ぼうとしてもうまく喋れないらしい。
だが、スザクはその言葉をしっかりと受け取り、破顔した。

「ルルーシュ、ルルーシュっおかえり、ルルーシュ」

自分の足に収まっている小さな存在を、壊れ物を扱うようにスザクは抱きしめた。

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